建築機器の初仕事。

「扉内部にある遮蔽板を扉の四周に向けて飛び出す装置」が命題です。
クライアントは(有)ネクストプラン
代表の滝澤社長は建築の意匠デザイナーとして活躍された方で、既存の建築部位に新風を吹き込みたい、と独立創業されたそうです。

要求仕様は前述の通りで、自身で考案されたメカニズムの是非を問われました。
下の【図1】が提示案で、1辺の遮蔽板を動かすことにより、他の3辺も同時に動かそうとするものです。

ダ・ヴィンチの機構模型のような手の込み方。
平歯車とラックギヤで四周に動力を伝達して、歯車から突出したピンで、遮蔽板を動かそうとするもの。

メカニズムという専門外の作業を丹念にこなした様子には好感が持てるものの、機械屋の美意識から見ると答えはNO。

ギヤの数が多すぎて、動力の損失が莫大なものになりそうです。
また、ギヤのバックラッシという観点からみても、期待する動作にはなりません。

しかし、建築家の美意識からすると、アンティークなイメージであり、尚且つ、シンメトリー(左右対称)な部品の配置は大きな魅力になるそうです。
そうしたバイアスから、このように凝った造りになったようです。


 一度話を持ち帰っての検討作業。

提示案では部品が多すぎて、動力伝達に大きな弊害があります。

新規取引なので、相手の顔をたてようと、提示案からの引き算で試行錯誤。
毎度の事ながら、この進め方はいつも失敗します。
アイデアの生まれや生い立ちに疑問を感じてきます。そして、やがてストレスに。

そこで、普段通りの手順に戻しました。

まず、要求されるメカニズムの在り方を、なるべく少ないキーワードで並べます。

「遮蔽板」「移動」「動力伝達」
まず、この3つを並べました。

キーワードに対する補足事項を極力避けることを心掛けます。
提示案では補足事項が多過ぎ、キーワードが何処かに埋もれているようでした。

この時点でおぼろげにイメージしたのが【図2】のような構造です。
ベルトが外周付近を回動し、その移動成分を遮蔽板の移動に置き換えるものです。

移動溝と固定溝があります。
遮蔽板は、その2つの溝を貫通するピンを持ちます。
移動溝が横移動すると、遮蔽板は斜めに動作することになります。

普段ならば、ここでひとまず完了し、クライアントとの面談に臨みます。

しかし、初回面談でスライド動作に否定的な意見を述べました。
スライド移動は、移動の対象物のガイドに必要以上の労力を注ぎ込みます。
「簡略なメカニズムとは回転動作です」と大見得を切った記憶もあります。

【図2】は実際には【図3】(この段階では手書きの汚いポンチ絵です)のように重ねて描きます。



この図を眺めながら遮蔽板のピンを回転動作させたいと考えました。
説明図(2)
説明図(4) ローラが遮蔽板の回転軸になれば、と考えていると【図4】のイメージが浮かび上がってきます。
大見得を切った回転動作に生まれ変わりました。

円弧が描く角度が小さいので、直動に近い軌跡です。
水色で描かれたアームに90°位相をすすめた穴を設けたのが【図5】です。

【図5】の白色のクランクアームを四隅に配置し、4節リンクを完成させます。
4節リンクの一辺が遮蔽板です。

90°位相をすすめた穴が、隣接する遮蔽板を動かし、他端にあるクランクアームを回転させます。
【図6】がそのイメージです。
意気揚々、自身満々で面談に臨みました。

ところが、以外な反応です。
簡単すぎて面白くない、と言うのです。さらに、イメージが
安っぽいとも受け止めたようです。
シンメトリーの美学を無視したことも、反感を買う一因
だったかもしれません。

お互いの美意識、価値観の差がかけ離れています。
簡単すぎることは、機械屋にとって究極の目標ですが、
あまりにも価値観が違います。

話を平行線のままにすることもできないので、この4節リンクによる機構は廉価版という位置付けにしたらどうか、という提案をしました。

シンプルな構造であれば動作の信頼性が高いことを強調。簡単さゆえに模型を作る費用も少なく済みます。
さらに、構造を露出しないのであれば美学についてこだわる必要はないことなどを伝え、4節リンク案での試作発注に漕ぎつけました。


出来上がった試作品(ミニチュア模型)は狙い通りの動作をしました。
特に動作の軽快さはクライアントの満足を十分に引き出せました.。
美意識についての相違点もどこかに吹っ飛びました。

また、遮蔽板の動作軌跡が直線ではなく、円弧になっていることにも違和感はありませんでした。
円弧が描く角度が小さく、説明をせずに、速く動かすと全くわかりません。


右のフラッシュムービーは、全周遮蔽装置のページで使用しているものです。
(画面中央をクリックすると、ムービーが始まります)



この数ヵ月後、関西の建具メーカーとの実施契約がまとまり、実機サイズでの試作製作となりました。

実機では、板のソリ、鋼板の重量による慣性モーメント等、ミニチュア模型では露呈しなかった問題点が一気
に現れます。
また、建具の製造方法とマッチしていない部分もありました。

全体的に、こすれ、きしみが多いようで、これらを100%取り除くことは難しいようです。
しかし、製品化への期待を感じさせるレベルです。

シンプルな構造だったことが幸いした、と感じた案件です。